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言葉の力
スタジオでのリハを終え、機材車駐車場から家までの道を歩く。真夜中に少し歩いたりする時は良い気分になっていることが多い。その数分間に思うことがあり、日記でも書こうかなとつながる。その後に書く文章には大抵敬語は使わない。今もそう。

そもそも敬語で文章を書く時と、今の様にとりあえず書き連ねる時とがある。頭に浮かぶ文字をそのままカタカタ打ち込むとこうなる。あと、僕と名乗る文と、俺と名乗る文もある。私や自分もある。履歴書を書く時に、「俺が御社を希望するのは、、、」と書く人はいないと思う。そういう話ではなく、例えばこのブログという同じツールの中で変化をすること。正直、書いててもたまに変だなと思うことはある。一つ下の文章と違いがありすぎてへんてこりんな気分になったりする。

でも仕方ないと僕は思っている。この現象は気分による。はたまたその内容。怒っている時は、当然「俺」。楽しいや悲しいもそれぞれのテンションで。それを隠すのはあまり良いこととは思えない。それが出来るのが大人と言われればそれまでだが。まさに、"FACE FACE FACE”の話そのもの。

まぁ、人を傷つけない程度に感情は出していきましょう、ということ。


そんな話は実際どうでもよくて(皆が知っていることだから)、今僕が書きたいことではない。僕が傘をさしながら歩いている時に考えていたのは、昼に読んだ本の一節のこと。妙に印象に残った。これもある意味"FACE -"な話。


「今はもうとても出来ないよ、怖くて。どうしてかというと、人生が楽しいから」
「人生?」
「そう。その時はコドモだった。でも今は、人生が楽しいことがわかったから出来ないよ」


これは恐怖のパラシュート訓練について語る元兵士と、その友達(本の筆者)との会話。元兵士ということは別にしても、保守的思考を持つことが悪いことではないと初めて思わされた文章だった。筆者も書いているが、今までに一度もこういう考えをしたことがなかったので少し驚いた。保守的なことには、どうしても否定的なイメージが強かった。

昔は出来たのに今は出来ないこと(体力的な話を除く)は少なくない。それを残念だと思う気持ちはある。むしろそうならない様に生きているつもりだし、これからもきっとそうする。ザックリとした意味での攻めの姿勢というか。

ただ、それでも「保守的」を感じざるを得ない状況(現実的には多々ある)になったら、
「その時はコドモだった。でも今は、人生が楽しいことがわかったから出来ないよ」
と、思うことにする。もちろん全部が全部じゃないけど。

そう考えると気が少し楽になりません?


なんてな。

kc
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by riddimsaunter | 2008-12-02 04:16 | Riddimlog
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